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「失敗=悪いこと」という誤解を解く
できるだけ失敗はしたくない。そう思うのは自然なことです。
誰だって恥をかきたくないし、できれば他人から悪く思われたくはない。ましてや、評価が下がるようなことは極力避けたい。そうして私たちは、知らず知らずのうちに「失敗=悪いこと」という考え方を内面化してきたのです。
学校教育の影響は、その代表格かもしれません。テストでは減点方式で間違いが記録され、通知表では「どれだけできなかったか」が評価の軸になります。
「失敗しないようにすること」が、良い子でいることの条件になってきた環境では、挑戦よりも回避のほうが安全であり、「できなかった経験」は避けるべきものだという印象が強く残って当然です。
実際、ペンシルベニア大学のセリグマンが提唱した「学習性無力感」の研究では、繰り返し失敗を経験し、それを自分の能力のせいだと感じると、人はやがて挑戦そのものを諦めるようになることが示されました。
逆に言えば、失敗を「能力の欠如」ではなく、「過程の一部」として捉えられるようになれば、挑戦を続けるエネルギーを取り戻すことができるのです。
ここで、もう一つ重要なのは、「成長志向」と「固定志向」という考え方です。
スタンフォード大学のドゥエックは、長年の研究から、人の能力は変えられると信じている人(成長志向)は、失敗を「学びの機会」と捉える傾向にあることを明らかにしました。一方、「人は生まれつきの能力で決まる」と考える人(固定志向)は、失敗によって「自分には向いていない」「恥をかいた」と受け止め、回避的になります。
つまり、私たちが失敗にどう向き合うかは、その人の思考のクセや文化的な背景に大きく影響されるのです。
加えて、成功の瞬間や、美しく整えられた成果ばかりがシェアされる現代のSNS社会もこの傾向を強めています。失敗や試行錯誤は「見せるに値しないもの」として排除され、「最初からうまくできること」が価値と見なされやすくなっています。
スタンフォード大学のバンデューラによると、他人の成功ばかりが見える状態に長く晒されると、自己効力感が低下し、行動への意欲が萎縮するとされています。
失敗を減らそうとするのではなく、立ち直る仕組みをつくればいい
では、どうすれば私たちは「失敗」を再定義できるのでしょうか?
一つのヒントは、「エラーを学習機会として処理する脳の仕組み」にあります。
イリノイ大学アーバナシャンペイン校のホルロイドとコールズの研究によると、私たちの脳は、「うまくいかなかった」ときにこそ学ぶ力を発揮します。
たとえば、思っていた結果と違うことが起こると、「どこがズレていたのか?」を自動的にチェックし、次にどうすればよいかを考える回路が働きます。このとき中心的な役割を担っているのが、前頭前野(PFC)と帯状皮質(ACC)という部分です。
前頭前野は「脳の司令塔」とも呼ばれ、考えをまとめたり、計画を立てたりする働きがあります。
帯状皮質は「エラーのセンサー」のような役割を持ち、うまくいかなかったことに素早く反応して、「今、何かミスがあったよ!」と知らせてくれます。
失敗は脳が学習を加速させるトリガー
何度も失敗しては修正していく。このサイクルこそ、行動力や判断力を鍛えていく原動力になります。つまり、失敗は損失ではなく、脳が学習を加速させるトリガーでもあるのです。
教育の現場でも、この考え方が徐々に浸透しつつあります。
たとえば、「間違えることは学びの一部である」と強調するアプローチや、「失敗からどう立ち直ったか」を重視する評価方法が注目されています。
また、近年注目されるレジリエンス教育(失敗から立ち直る力を育む教育)では、ミネソタ大学のマステンの研究が示すように、小さな挑戦と小さな失敗を積み重ねることが、むしろ長期的な「自己信頼」を高めるとされています。
自己信頼とは、自分を信じる気持ちのことです。もっと具体的に言えば、どんな状況でも自分はなんとかなる、うまくいかなくてもまた立ち直れるという感覚です。自分に対して「やってみても大丈夫」と思える、その内側から湧いてくる安心感のようなものです。
これは、単なる自信(できると思う気持ち)とは少し違います。
自信は「成功できそう」と思う気持ちですが、自己信頼は「たとえ失敗しても、自分なら受け止めて前に進める」と思える気持ちです。
自己信頼が育っている人が行動できる理由
では、なぜこの自己信頼が「失敗を恐れない心」につながるのでしょうか?
それは、失敗しても終わりじゃないと思えるからです。
多くの人が失敗を恐れるのは、うまくいかなかったら自分には価値がない、人から笑われる、二度と立ち直れないといった不安があるからです。
でも、自己信頼が育っている人は、「失敗しても自分はそこから学べる」「うまくいかないこともあるけど、それで全部ダメになるわけじゃない」と考えられます。だからこそ、怖さがあっても行動できるのです。
こうした研究や実践の蓄積が示しているのは、失敗を減らすよりも、失敗から立ち上がれる仕組みを持つことのほうが、人生においてはるかに重要だということです。「一度も転ばない人」よりも、「何度も転んで、そのたびに起き上がってきた人」のほうが強くなることを科学的に示しているのです。
失敗することで学び、立ち上がり方が身につく
失敗こそが学びと成長の起点になるということは、多くの研究からわかっています。
たとえば教育心理学では、エラー・ベースト・ラーニングという考え方があります。これは、人は間違えることでより深く学べるという理論です。
失敗したときのほうが、「なぜうまくいかなかったのか」を考え、記憶にも残りやすくなるため、学びの質が高まるのです。
また、先ほどお伝えしたレジリエンスは生まれつきの性格ではなく、失敗や挫折を経験し、それを乗り越える過程のなかで育っていくとされています。
つまり、失敗すること自体が、立ち上がる力を養う「練習」になっているのです。
たとえば、小さなころから何でもうまくこなしてきた人ほど、大きな壁にぶつかったときに立ち直れず、自己否定に陥ることがあります。
反対に、何度も失敗しながらも、それを受け止め、工夫しながら前に進んできた人は、予想外の出来事にも柔軟に対応できる強さを持っています。
この違いは、脳科学的にも説明されています。
私たちの脳は、間違ったり予想外の出来事に直面したりしたとき、前頭前野が活性化し、「次はどうするか」を考える働きが高まることが知られています。つまり、失敗は単なる挫折ではなく、脳にとっては再構築のチャンスでもあるのです。
さらに、「なぜ失敗したか」を振り返ることは、メタ認知(自分の思考や行動を俯瞰して見直す力)の発達にもつながります。この力は、学びを深めるだけでなく、自分自身の感情や行動を冷静に整理するためにも非常に重要です。
実際に、成功者と呼ばれる人たちの多くが、失敗を通過点や必要なプロセスとして語ります。彼らは失敗を恐れていなかったわけではありません。失敗してもそこから学べることを知っていたから、挑戦を続けてこられたのです。
「成功者」の姿は、すでに結果が出た後のもの
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歴史に名を残す人々を見てもそれは明らかです。
たとえば、発明王トーマス・エジソン。彼は電球のフィラメント素材を探す過程で1万回以上の実験に失敗したといわれています。記者に「なぜそんなに失敗しても続けられるのか」と聞かれたエジソンは、こう答えました。
「私は失敗などしていない。うまくいかない方法を1万通り発見しただけだ」
この有名な言葉は、失敗を「ムダ」ではなく「前進のための情報」として受け取る姿勢を象徴しています。
また、スポーツ界で語り継がれるのはバスケットボールの神様、マイケル・ジョーダンの言葉です。
「私はキャリアのなかで9000回以上シュートを外している。試合にも300回以上負けた。ウィニングショットを任されて失敗したのは26回。私は何度も何度も失敗してきた。だから私は成功したんだ」
私たちが見る「成功者」の姿は、すでに結果が出た後のものです。けれど、その裏には数え切れないほどの失敗や試行錯誤、そして諦めなかった経験が積み重なっているのです。

