「うつ」になる確率も低下する…メンタルの不調から私たちを守ってくれる「3つの要素」

新しい扉

ヤフー引用

『スマホ脳』がベストセラーになったアンデシュ・ハンセンの新刊『メンタル脳』(新潮新書)では、若者のメンタル不調とその背景にある「そもそも人間の脳にはどんな特徴があるのか、どのようなことに反応しやすいのか」に関する事実、不調をもたらす要因への対処法について説かれている。

かつてないほど悪い10代のメンタル

いま、世界的に10代のメンタルは「かつてないほど悪い」と言われている。ハンセンによればその理由は、人間の歴史の99.9%のあいだ、2人に1人が10代になる前に死んできたことにある。私たちの脳が、死をもたらす可能性のある危険に強く反応するよう進化してきたせいなのだ。現代社会を生きる上では「強く反応」しないほうが生きやすいとわかっている刺激に対しても、その昔の狩猟採集時代の人類にとっては「生き延びるために必要」だったために、今でも強く反応してしまう(人類の脳はすぐには変われない)。自然界にいたときには意味があった機能が、現代社会においてはあまり意味がなくなっているのに、それでも止められないのである。

たとえば、人間には「感情は感染する」という避けがたい性質がある。脳は私たちをコントロールするために「感情」を使う。何かが怖かったり、勇気が出たりするのは脳が私たちを「生きのびさせる」ためにしていることだ。そのほうが瞬時の判断、とっさの行動につながり、自然界の脅威にさらされている時代には有用だったからだ。

その性質が今でも残っているから、たとえば、理性に訴えるよりも、感情に訴えかける広告の方が効果的に作用してしまう。そして、ときには他人の強い感情が伝染して振り回されたり、自分の不安に支配されて身動きが取れなくなってしまったりする。

こうした現象は、ある意味ではエラー、よけいな作用だが、わかっていても自分ではなかなかコントロールから厄介なのである。

なぜスマホはメンタルを下げるのか

ハンセンは『スマホ脳』で詳しく論じていたが、『メンタル脳』でもスマホがもたらす悪影響について説かれている。

たとえば1日に4~5時間SNSをやっている若者は「自分に不満を持っている」「不安や気分の落ち込みを感じている」ことが各種調査から示されている。ハンセンは「私たちは必死でグループに属していようとした人たちの子孫」である、と言う。

かつての人類は集団に属していないと死ぬ危険性が高く、だからこそ集団から疎外されたり、集団内での地位が低下したりすることをおそれてきた。その性質が今も残っている。それがゆえに、グループのヒエラルキー内で自分の地位が下がり続けていると感じると心の健康を害してしまう。

10代女子はスマホを見ている時間の多くをSNSに費やすことが多く、身近な他者やインフルエンサーなどをさかんに見ることで、自分のメンタルをダウンさせているようだ。ある調査では、調査対象になった 15 歳女子の実に62%が心配、腹痛、不眠といった長期的なストレスの症状を訴えており、1980年代に比べてその数は倍になっているという。1日に何時間も他人の完璧な生活と自分を比べてしまうと、脳は「自分はヒエラルキーの1番下にいる。グループから追い出されるかもしれない」と勘ちがいしてしまうのだ。……こんな風に改めて喝破されると「しょうもないことに振り回されているんだな」とも感じるが、当事者にとってはメンタルを病ませるシリアスな問題なのが、なんとも難しい。

また、脳は危険に強く反応するようにできている。そしてソーシャルメディアを立ち上げると、世界中の危険に関するニュースが常時入ってくる。だからこれまた注意が必要だという。

スマホが引き起こす問題に対しては、どうすればいいのか? 当たり前だがSNSを見る時間、スマホに触る時間を減らせばいいだけの話だ。

なお筆者は他人の感情(とくに否定的・攻撃的な感情)に引っ張られたくないので、SNSでは扇動的なことを発信するアカウントや罵倒に使われる言葉などを極力ミュートしている。

メンタル強化のためには身体強化が効く!?

加えて、ハンセンが『メンタル脳』で再三にわたって現代人の精神の不調を予防するのに有効だと説いている方法は「運動」だ。

たとえばパワハラ上司の存在でメンタルがやられているのだとして、この上司を異動・退職させるか自分が居場所を変えられれば良いが、すぐにはストレス源を取り除いたり、遠ざかったりすることができないケースは多い。そんな人間にも今すぐできる対策が運動なのだという。

人間がストレスを感じにくくなる条件のひとつが「身体のコンディションが良いこと」だとハンセンは言う。長い距離を走ることができたり、病原菌が入ってきても大丈夫なくらい身体が丈夫であったりすると、生きのびられる可能性が上がる。だから人間は、運動をすることで身体が「ストレスに過剰に反応しなくても大丈夫だ」と学ぶ――それがどんな種類のストレスかは関係がない、という。運動すると身体の器官や組織が強くなるだけでなく、脳脊髄液を安定させてくれる。肺が酸素を取り入れる能力も向上し、心臓や肝臓も強くなる。それによって脳が良いシグナルを受け取ると、受け取ったシグナルを基に感情がつくられるため、幸せな気分になる可能性が上がり、不快な感情がわくリスクも減る。

英国で行われた調査では、被験者が週に1時間でも身体を動かしていればうつの約12%を防げたとしている。歩数計を使って12歳から16歳までの約4000人を調査したところ、運動時間が週に1時間からさらに1時間増えるごとに、18歳になった時のうつ症状の度合いが 10%ずつ下がることがわかった。

また、ある学校では、週2回の体育の授業以外にも生徒が毎日30分は身体を動かせるように校長が計画し、その30分間は最大心拍数の65~70%を目指す(ただし競うわけではなく、結果を出さなければいけないというプレッシャーも与えない)、という施策を行った。すると2年後には1教科も落第せずに卒業する生徒の数が倍近くに増えたという。

ところが、このように運動の効果が見込まれるにもかかわらず、スウェーデンでは速足で10分以上歩けない人が過去 25年で27%から46%に増えている。とすると、現代人のメンタルのコンディションの悪さは、身体のコンディションの悪さと関係があるのかもしれない。

友人といっしょに笑ったり、何かをしたりすることも有効

メンタルの不調から私たちを守ってくれる要素は「運動」「質の良い睡眠」「友人」の3つだとよく言われる。質の良い睡眠のためにも夜はスマホを遠ざけるべきだし、運動は今見てきた通りだ。友人は? グループでいっしょに笑ったり、踊ったり歌ったり、あるいは悲しい映画を見たりしたとしても、ひとりで何かするときよりもエンドルフィン(多幸感をもたらす神経伝達物質)が放出されるという。張り合ったり、気を遣ったりしなくていい誰かといっしょに過ごすこともストレスをやわらげることにつながる。もっとも、若いうちは友人づきあい自体で悩むことが多いから、この選択肢は現実的でない場合も多いかもしれないが。

いずれにしても、現代人の精神の不調はテクノロジーの発達によって感情を揺さぶる情報の大量流通が原因であり、それを乗り越えるには運動と人付き合いによってメンタルをハックし直すのが一番だ――これが『メンタル脳』のメッセージである。

人類が自然界にいたときの名残が引き起こす「不安」というエラーに対して、自然界にいたときの名残を利用して「運動」というパッチで対処する、というわけだ。

こう要約すると人間の脳は賢いんだかアホなんだかよくわからないが、誰しもがそんな脳と付き合っていかなければいけない以上、ハンセンの主張は知っておいたほうがいいだろう。

タイトルとURLをコピーしました